博多駅。
駅員室のドアをノックして、あける。
カツン、と赤いハイヒールが床を叩いて小さな音が鳴った。

「こんにちはー」
「お疲れ様です!」

中にいた駅員が慌てて立ち上がるのを苦笑に近い笑みで見つめて、陽子は部屋の中を見回す。
あまり広くはない室内にいたのは、先程の駅員のみ。

「あれ? 九州はいないの?」

ここで待ってるって言ってたのになー、と携帯を取り出す陽子に「あの、伝言を預かってます」と差し出された二つ折りの紙。
笑顔でお礼を言い、広げる。

「…………」

書かれていたことを読んで、思わず苦笑した。
JR九州とロゴの入ったメモ用紙に走り書きと思われる文が一行。

『すぐに戻る。奥で待っていろ』

用件のみが癖のある文字で書かれていた。
東海道や山陽が見たら嫌な顔をしそうなほど、九州らしいメモである。

「奥、借りるわねー」

くすり、笑うとメモを畳んでポケットに入れて、仕事に戻っていた駅員に声をかけた。
了承の返事を聞きながら、奥のドアを開ける。
むっとした、締め切られていた部屋特有の匂いに少し眉を寄せ、窓に近寄った。
何の遠慮もなく窓を全開にする。
――ビュウッ

「うわっ、っぷ……」

唐突に吹き込んできた風に髪が攫われ、視界を覆った。
ついでにバサバサと紙の舞う音が聞こえて、慌てて窓を閉める。

「びっくりしたー」

手櫛で髪を撫で付けると、手にした書類が飛ばないようにしっかり胸に抱く。
もう一度窓に手を伸ばして、今度は注意深く1/3ほど開ける。

「…………大丈夫、かなー?」

吹き込んでくる風の量にちょっと息を吐いて、ソファに腰掛けた。
書類は飛んでしまうといけないから膝の上に。
先程とは違い穏やかに空気を揺らす風に少し、目を細めた。
テーブルの上に置かれた一輪挿しには桜の枝が一本活けられていて、可憐な花を咲かせている。

「ふぁ……」

気持ちの良い陽気に、思わず欠伸が零れた。
座り心地の良いソファに優しい風に暖かい日差し。
そう言えば昨日寝たのも遅かった。
重力に逆らえなくなってきた瞼を必死で押し上げながら、取りとめのないことを考える。
ちらり、と見上げた時計。

「ちょっとだけなら、」

大丈夫よね……、と誰ともなしに呟いて目を閉じた。

 

***

 

ふっと陽子の意識が浮上してきた。
ぼんやりとした視界に見覚えのない景色が映る。

「起きたか」

声と一緒に人の気配が近づいてきた。
濃緑の制服を未だぼぅっとしたまま見上げれば、大きな手が顔にかかった髪を払う。
さらりとした大きな掌。

「……あれ? きゅうしゅう……」
「いつまでも寝ぼけているな。仕事できたのだろう」

ぺちぺちと頬を叩かれながら、ようやくここがどこなのか思い出して陽子はガバリッと体を起こした。
瞬きを数回。
振り返った時計の針は覚えているものより二時間ほど進んでいた。

「起こしてくれてよかったのに……」
「万全な状態でないのに話し合いなどしてもミスに繋がるだけだ」

呆然と九州の顔を見上げればキツイ口調と裏腹に、呆れたように笑って頭を撫でられる。
何と言っていいのか分からず、陽子は下を向いた。
かけられていたタオルケットやきちんと揃えられたハイヒールが見えて。
そこでようやく、座っていたソファに寝かされていたことに気が付いた。
カァッと頬が熱くなる。

「どうした? 体調でも悪いのか?」

こんなところで寝ているからだ、と見当違いなことをいいながら九州が陽子を覗き込んできた。
それに慌てて「大丈夫だから……っっ」と答え、ソファから足を下ろす。
陽子が立ち上がるより早く、足首を掴まれた。

「ひゃっ!?」
「素足で歩くな」

驚いて硬直しているうちにハイヒールを引き寄せる。
どうやって反応したものかわからず、ただ、呆然と九州を見ていた。
視線の先では壊れ物を扱うように陽子の足にハイヒールを履かせる姿がある。
きちんと揃えて床に降ろすと、納得したように小さく頷いて立ち上がった。

「いくら室内とは言え、怪我したらどうするつもりだ」
「え、あの、」

あまりのことに思考回路がついてこない陽子に、九州は自分のペースを乱さず淡々と喋る。

「私は自分のものに好き好んで傷をつける趣味はない」

わかったか、と念を押され、陽子は頷くしかなかった。
羞恥で火を噴きそうになりながら、そろそろと九州を見上げる。

「……ありがと」
「礼には及ばん。それよりも、仕事の話をしにきたのだろ」

蚊の鳴くような声で呟く言葉は無事に九州の耳に届いたようで、ぺしりと書類で頭を叩かれた。
はっ、と遅ればせながら持ってきた書類のことを思い出す。
握り締めていたタオルケットを放り出すと、書類を受け取った。
そこで頭の中を仕事用に切り替える。

「それでね、」

九州に一部手渡し、今回の出張の目的あった書類の説明を始めた。
窓から吹き込む風が陽子の髪を揺らす。

「…………」

九州は徐に何かを取り出すと長い髪に手を伸ばした。
真剣な顔で説明をしている陽子は気づかない。
根元から髪を掬い、手櫛でまとめる。

「ちょっ、え、なに!?」
「業務に支障をきたさぬように纏めておけ」

突然のことにぎょっとしているうちに手は離れていき、ちょっとした違和感が残った。
背中に垂らしてあった髪が纏められている。
窓ガラスを見れば、テーブルの上の桜と同じ色のシュシュが片方の耳の下からのぞいていた。

「これ、もらっていいの?」
「私には不必要だ」

憮然とした顔で九州が陽子を見る。
僅かの間があった次の瞬間、陽子はとても嬉しそうに笑った。

「ありがとう、九州! 大事にするわ!」

満面の笑みで礼を言う陽子をフン、と鼻で笑ってそっぽを向く。
それが照れからくるものだと知っている陽子はご機嫌な様子を崩さない。

「それよりも、続きだ」
「うん!」

冷静に切り返され、ご機嫌なまま陽子が説明を再開した。

優しい春の風が吹く、ある日の話。

shin様より頂き物の九州×陽子ですよ…!!!!よ、ようやく載せられた…!
初めて読ませて頂いたとき萌で死ぬかと思ったよね………!!!!九州め!紳士!!!すき!!!!
しんさんありがとうございましたありがとうございました以下無限大…!!

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